さとう。「ステージ」

 「ステージ」って多義的な言葉です。
 「舞台」という意味もあるし、物事の「段階」という意味もある。そして、癌の進行度愛という意味もある。「ステージ」という言葉の多義性を活かした楽曲が、さとう。さんの「ステージ」という楽曲です。

 いきなり、

君が余命宣告された夜

というフレーズから歌い出しがなされます。

 

 そして、二回目のAメロも

君が緊急輸送された夜

という尋常ではないフレーズから始まります。

何も感じなかった

と言いつつ、

病室 細くなった腕をさするのも悔しかった

 

と、こうなるまで気がつかなかった自分を責めます。

 そして、神様に問いかけます。

なあ神様 あんた方に聞きたい
あの子のステージはいくつだい

 

 ここでの「ステージ」は、癌の進行度合いのことを指します。

 そして、

 

声を張り上げて、今 言いたい
あの子のステージはここじゃない

 

と歌います。
 ここでの「ステージ」は、いるべき場所という意味でしょう。

 そして

超能力もないのに
才能だってないのに
君に蔓延るがん細胞も殺せやしないのに

と自分の無力さに絶望します。

 そして、「あの子」が死んだあともせめてあの世で歌が歌えることを願って見せます。

神様 あんた方に聞きたい
あの世にステージはあるのかい?
地獄の閻魔様に言いたい
あの子の舌を抜くんじゃない

 ここでの「ステージ」は勿論、ミュージシャンが演奏のために建つ舞台のことです。

 この重いテーマの楽曲を、ギターの弾き語りで、一人で歌いきってしまうさとう。さんは天才だと思います。

 

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Karin.「君が生きる街」

Karin.の「君が生きる街」は、きら星のようなフレーズであふれています。

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中でも、

「君は自分中心で世界が周っていいね」

そんなこと言われても否めなくて

私そんなつもりなくて

拗ねている君を見て

愛されてるって思う

というフレーズって、好きな女の子のわがままに振り回されてさすがに一言不満を伝えずにいられなくなった男の子と、そうは言いつつ自分に合わせてくれる男の子を見てその男の子の自分に対する気持ちを確認する女の子の姿を、きちんと韻を踏んで端的に表現しているという意味で素敵です。

 「否めなくて」という、若い女性があまり日常語として使わなそうな言葉をさらっと使ってフックにするセンスがまずすごいです。また、「拗ねている」という表現は通常ネガティブな意味で用いられているのに、「君」が拗ねている姿を見て、「愛されてる」ってポジティブに理解する、その着眼点に鋭さを感じます。

Hakubi 「光芒」

 これは、昨年リリースされた楽曲です。昨年の段階でいい楽曲だと思いましたし、今年の初めには、これをカラオケのレパートリーにしていこうと思っていました。

 しかし、この歌は、今日的な状況下での私たちの心情を言い当てるものになっています。

何か一つ 何か一つ
確かなものを探してる
何も見えない闇の先に
かすかな希望を今日も探してる

 新型コロナウィルスの感染が徐々に拡大していく中で、私たちは今「何も見えない闇」に覆われています。この閉鎖的な状況がいつ終わるのか、まったく見えずにいます。そんな中で、人々は、ワクチンや治療薬の開発、BCG仮説、紫外線仮説などにかすかな希望を見出そうとしています。

僕たちはいつまでどこまで頑張ればいいの
果てのない道をただ歩いている気がするんだ
みんながみんな何か背負って
それでも笑って生きてんのなんて
わかってるよ、わかってるよ
僕だって

 新型コロナウィルスの感染拡大防止のために、私たちは、多くのことを犠牲にして頑張っています。しかし、その頑張りをいつまで続ければよいのか誰もわからずにいます。だからと言って、ふさぎこんでいても仕方がないので、多くの大人たちは、つとめて明るく振舞おうとしています。多くの若者たちも、それを見て、空気を読んで、明るく振舞おうとしています。

生きてゆけ下手くそなまま未来を思い描いて
いつかはいつかはって世界に中指を立てろ
僕たちの描いた地図がたとえ消えてしまっても
選んだ道をただ進んでゆけ

 若者たちは、様々な未来を思い描いてそこに向かって努力してきたのに、新型コロナウィルス騒動のせいで、様々な活動が中止、自粛等の対象となり、思い描いた未来にどうやって向かっていったらいいのかがわからなくなってしまっています。それでも立ち止まらずに、道を選んで進んでいくことを推奨していくのです。

 そして、最後に次のように歌い上げるのです。

生きてゆけ